子供の頃からずっとマッチョマンになりたかった。
だが今宵、風呂場で鏡の前に立ってみれば、映るのは相変わらずのひょろひょろな身体。その細さはまるで線分ABといった具合であり、思わず乳首とへその座標を求めそうになる。身体を申し訳なさそうに覆っている微々たる筋肉は、明日も微々たる明後日も微々たる、何年経っても微々たるままだ。
筋肉が欲しい。もうこんな身体にはうんざりなのだ。少し重い物を持つだけで、全身の筋肉が悲鳴をあげ、もう無理だとアピールし始める。ある意味とんでもないワガママボディだが、致命的なことにセクシーさが皆無である。
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もちろん、筋トレには幾度となく挑戦してきた。
初めて挑戦したのは小学生のときだったが、少し油断するとダンベルを無視して大好きなスーパーファミコンに興じるIQ二桁の半ズボンにトレーニングを継続することは難しく、全く筋肉がつく気配はない。半ズボンなりに一念発起して、「筋肉つくまでスーファミ禁止」と書かれた紙を部屋に貼ったこともあったが、その張り紙を見ながら平気でコントローラーを握れるおもしろ神経を持っていたため何の効果もなく、果ては「コントローラーだってけっこう重い」との結論を出して筋トレとゲームを両立させる始末。おかげで、すごく強くなった。私の操るガイルが。
この調子で中学生編、高校生編と記してゆくこともできるのだが、それは文字数があまりに多くなるし、何より話のパターンがすべて同じという致命的な欠点があるのでやめておく。とにかく私は生まれてからずっと貧弱を抱えて生きているのであり、歩く姿はかろうじて二足歩行、風が吹けば私はふらつき、桶屋が年商2000億である。
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筋トレが続かないのは明確な動機がないから。
最近はそんなことを思い始めた。ぼんやりとマッチョマンに憧れているだけだから、どうしてもやる気にムラが出るんじゃないだろうか。例えばもし過去に己の非力さが原因で妹の一人でも亡くしていたら、強い自責の念が私を筋トレへと駆り立てていることだろう。頭には常に「俺があのときもっと強ければ…」との思いが渦巻き、妹の墓石をダンベルに見立てた個性的なトレーニングに明け暮れる毎日である。
だが実際のところ、私にそんな過去はない。だからそれに代わる何かが必要となってくる。激しい後悔と力への渇望を生じさせるだけの大きなショックを、私の心に与えるのだ。そうすれば私はがむしゃらに筋トレを始め、ひたすらにマッチョへの道を進むことだろう。
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ひとつの案を考えた。これは肉親の死には劣るものの、非常に効果的な方法であると思う。私には前々から気になっていた女の子がいるのだが、マキシシングル「いくじなし」でのメジャーデビューも決まっているほどの私には勇気が出ず、その関係を発展させることができずにいる。その子に、思い切って告白をするのだ。
これだけでは何がなんだか分からないので、詳しく書こう。計画の全容はこうだ。
彼女に電話し、自らの想いを打ち明ける私。彼女は突然の告白に驚き戸惑う。長い沈黙を経て、受話器の向こう側から、押し殺したようなか細い声で彼女の言葉が届く。
「ごめんなさい、あたし、ひょろひょろの人はちょっと…」
世界が音を立てて崩れてゆく。好きな人が自分を好いてくれない辛さ。言葉を失う私をよそに電話は切れる。受話器越しに響く、ツー、ツー、という無愛想な機械音。深い悲しみがじわじわと身体を包み、何かが決壊したように溢れ出す涙、そして私の心にわき上がるひとつの決意。
「ぜったい、マッチョになってやる!」
いつか火災現場で偶然出会ったとき、倒れくる鉄骨をひとり支えている私を見て、死ぬほど後悔させてやるんだから!
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手元にある携帯電話を見つめる。画面に表示されているのは彼女の名前と電話番号。今から計画を実行する。つまり、彼女に告白するのだ。携帯を持つ手が小刻みに震えるのを、どうしても抑えられない。
だがとにかく、今日で終わる。彼女の名前を曇った窓ガラスに書いたり、学校の机の目立たないところに書いたり、殺害現場に血のりで書いたり、そんなもやもやした日々とはお別れなのだ。それにこれは、失敗が前提の告白。そう考えれば気持ちは楽になる。彼女にフラれても私はマッチョになれる。もちろん万一オッケーだったなら、素直に喜べばいい。
ゆっくりと深呼吸した後、彼女に電話をかける。聞き慣れたはずの呼び出し音にも妙に胸がざわつく。彼女が出る。普段と何一つ変わらぬ声は、普段と明らかに違う私の声に反応し、少しずつ変化を見せ始める。頃合いを見計らい、私は彼女にすべての想いをぶつけた。失敗してもいいと思えど、期待と不安で頭がぐらぐらする。やがて彼女は言った。「ごめんなさい、あたし、付き合ってる人いるから…」よーし、ぜったいマッチョになっ
筋肉関係ありませんでした。