ドリフトウッド ... http://d.hatena.ne.jp/farrah/

■ドリフトウッドの日記 きれそうなわたしの12か月

 都内某所にある僕が勤めるこの会社のフロア――道路に面した1Fで、窓から見える景色はそう良くない――にはもう誰もおらず、すなわち今が日記執筆の好機だと思う。

 食事に行くと、近くに少しおかしな人が座っていることが多い。と書くと、日記脳をもつ人間がそれを読んだのならいくらか自慢げにも見える記述で、僕にはネタを呼び寄せる力があるのです、こんなネタまみれの人生なんて…とうっかりフォントのサイズを拡大して泣いたり痛がったりする古典的日記を書きそうになりそうな雰囲気が漂っているから、いきおい僕の胸も痛くなるのだが、しかし、今までの人生における独自の統計によると、確かに僕はそういう愉快な隣人に遭遇することが、やはりそこそこ多いらしい。

 NIKKI SONIC用の日記を考えなくてはと考えていた先日の話。お腹を満たそうと出かけた中華料理屋では、むりくり日焼けをしたような浅黒い肌で、ジョンカビラと羽賀健二を足して調合を間違えたような顔つきの男と、どこかの「ミセス向け」女性誌の読者モデルページ――そこには「(今でも)独身に見られたい!」「独身系ミセスに見える20代コーディネート」という感じの、意味がよくわからない上に絶望的に切ないキーワードが踊り、業の深さをそれだけで感じさせるような、まるで『おとなのOFF』や『LEON』的な中年男性誌から漂う秘められた欲望と類似するものが仄見えるかのような誌面――から飛び出してきた風の、いずれも推定年齢30数歳以上40歳未満といった男女が、サクラ談義をしている。彼/彼女は、お見合いパーティーのサクラ要員であるらしく、なるほど、世間的には美男美女で通る顔ではあるのか、どことなく、イトーヨーカドーあたりで1900円のスウェットや1万円以下の「高級」カシミア混コートなどを着せられ、笑顔でチラシを飾ってそうな二人ではある。彼/彼女の声は大きく、夕暮れ時の、開店したての中華料理屋にただただ大きく響き渡って、僕は、それを強制的に見聞きさせられる。

「もう、ああいうとこ(お見合いパーティー)も、俺より若い連中(若いサクラ)がもう多くなっててさ。(目を見開きながら)あそこだと俺が輝かないワケ! わかる? でもやっぱさあ、まだ色々、声掛けたりとかしたいわけでさー」
「わかるー。アタシもね、まだ『こういう場でもイケるんだ』、ってのを証明したくて参加したのね、ほら、女としてさ、まだイケるんだってことをね、わかる?」
「わかる…でさあ、あと、(サクラのくせに)演技できねーやつも多いんだよね。演技ってさあ、頭がキレるヤツしかできなくない?」
「だよねー」
「やっぱ、ああいうとこだと、演技って必要でしょ?なのに、できねーやつ多いんだよなー」
「ヒカるん、すごぉ〜い!」

 これもひとつの恋の光景なのか、あるいは妖怪大戦争か。こうして僕は、サクラ業界にも年齢という嘆きの壁があり、彼はそろそろサクラとして花咲けなくなってきていること、そして、男の名前が「ヒカるん」だという、1秒でも早く忘れて問題の全くない種類の情報を得たのだが、それを振払うように、たった今無駄に占拠された脳味噌の容量を取り戻すべく、NIKKI SONICに提出する日記を考えようと奮闘する。


 だが、ほんとうに、何も、思い浮かばなかった。

 思い浮かばないそのおよそ90%はヒカるんのせいだと考えたいところだが、それ以前に、僕の日記力は、すでに枯渇していたのかもしれない。そもそも、日記力なるものが僕にあったかどうかの時点で、はなはだ疑問だった。ここ最近のことを、何かNIKKI SONICにふさわしい思い出がないか、思い出してみたところ、夏だけど、何もしていなかったことに気付くばかり。強いて言えば、仕事くらいだろうか、思い出は。

 しかし、「生きてれば幸せになるチャンスはいくらでもある」とエヴァンゲリオン出演の碇ユイさん(CV:林原めぐみ)も仰っていたように、どうしようもない僕にANGELが降りてきた、というせっかくのお誘いなのだ、NIKKI SONICは、きっと。お話をいただいた時には、よもや僕のような小物が、日記セレブの集うという噂の祝賀的饗宴にお呼ばれされるとは…と大変光栄に感じると共に驚いていた次第だが、小物だけに人間としての器が驚くほど小さいと一部でご好評をいただいてる僕の心はNIKKI SONIC出演を快諾、というか、むしろ主催者様の靴などお舐めしたほうがよろしいかしら?くらいの勢いで出演願いに返信をし、ああこれで何かイベントに参加できる、僕の夏もようやくここから始まるのかな…などとココロの安寧を得たそのすぐ後に、予想通り疑心暗鬼に囚われた。

 というのも、出演者リストには僕のサイトの名はなかなか載らなかったし、これはていのいいドッキリなのではないかと枕を濡らす日々。ドッキリならまだいいが、もしや新手の日記詐欺ではないのか…ニセの主催者が僕をあざ笑うためにメールを寄越し、今ごろメッセンジャーなどのハイパー近未来陰口ツールで僕の舞い上がる所業をぐすぐす笑っていて――「あの程度のサイトが、ハイ日記ソサエティに入れるとでも思ってるの?」「マジうける(^^)」――とどめにはそのうち法外な日記請求書がウチに来たり会社に来たりして、日記請求書というものがどんなのかさっぱり僕にはわからないのだが、とにかく僕の生活は瓦解するに違いありません、妻に去られ、会社を追われ、もはや誰も、僕を見ることはない。そのような思いは日増しにつのり、透明な28歳として遅咲きのデビューもそう遠い話ではなかった。

 だから最近、水ばかり飲んでいた。なぜなら、水はセレブだから。水を飲む自分はリーマンセレブと言い切れる。「だから水を飲んでいる」「水=セレブ」という記述はなにやら言語中枢がハッピーすぎると思われそうなきらいはあるのだが、しかし実際に新宿の伊勢丹などでは信じられない高値の水が売られており、しかもそれを飲むことがステータスらしい感じでプッシュされていて、水飲みはキュートな褒められたガールやハイクラスな愛さレディの証明であるようなのだ。おまけに痩身も可能らしい。エロカワこねこメイクも女子力アップのふわゆるヘアもできない男性の僕だけど、だからせめて、水セレブであろうと500mlで105円のクリスタルガイザーを親の仇のように飲み続けていた。

 そのようにもはや、日記詐欺に苛まれる私の心に凪を作るのは、杉田かおるよろしく水セレブとしての矜持のみであったのだけど、そういえば、公園に集う住所不定の方々も、何かと水を飲んでいるようにも思え、その意味では別ベクトルであるが水セレブではないだろうか。だからこのまま日記詐欺――正確にはNIKKI SONIC詐欺と言えばいいのか――に引っかかっているとそのうち給料をもらえる社会的ポジション、そして妻を失うのだし、リーマンセレブというよりも公園セレブとしてデビューする日も近いのではないか?と思えてならないのだった。僕はまだ、そんなニートビートマニフェストを奏でたくなかった。どうしてこんなことになってしまったのだろう。これはきっと、僕を快く思っていない、あるいは見下している連中の差し金である。そう思って、犯人探しを行おうとした時期もあった。だがよくよく考えてみれば僕を見下す人々はあまりにも多いと思われて、ああ、あいつも、そいつも、こいつも、どいつも僕を小馬鹿に…と僕はセカイに絶望し、病んだ心の隙間にはうっかり広末涼子さんの生霊が僕の身体に降霊あそばし、夜な夜な刺激的なホットスタッフを求める奇行をはじめてもおかしくはなかったのだ。そのうち僕にも、焼肉禁止令がでるところだったのかもしれない。焼肉は、なにやら熱いモノを欲しがる気持ちをたきつける、などと俗に言うのだし…


「でも、ああいうとこに来る連中さ、2回も3回も結婚してるヤツも多くてさ、なんなのかって思うよね…。結婚はそんな軽いものじゃなくない?今ってみんな、くっついて、すぐ別れちゃう。とくに、子供がいる場合離婚しちゃダメだよ。子供がかわいそうじゃん。なんでかなあ、そういうの、考えてないのかなー、それか、今度の結婚は大丈夫!とか思っちゃってるのかな、ああいうやつらって」
「わかるー、アタシもね、そう思うよ。アタシそういうところはしっかりしてるの。慎重なのね」

 というところで、NIKKI SONICにまつわる回想をしている僕の意識は、再びヒカるんたちの会話に引き戻される。意外と真面目な、あんがい身持ちの固いおれ、わたし、のアピール合戦。僕が日記について思いを馳せているその間にも幻魔大戦は続いていたみたいで、でもこの二人、あんがい、お似合いなのかもしれない。これはこれで、幸せなのかも。だからああ恋人達よ、その繋いだ手を放してはいけない……末永く、お幸せに………。

 なんて、なんとなくいい話で終わらせようと思ったけど、遊びと結婚をきっちりわけて考えることができそうなヒカるんたちは、仮に結婚しても別れはしないが「遊び」はするのかもなあ、などと僕が思うのを後目に、夕暮れの東京の片隅をぎらぎらと彩っていたし、なにより、それより以前の話として、NIKKI SONIC用に書こうと願っていたきらびやかでステキな日記が思い浮かばなかったことにかわりなかったのだった。そんな八月の現状を記しているうちに、もう真夜中過ぎている。日記って難しいですよね。書こうと思うことを、いつだって書けるわけではないみたいで、あー、やっぱり僕は日記セレブにはなれないんだなあ、と思いながら誰もいなくなった会社のビルを後にした。