エレメンタルノート ... http://homepage1.nifty.com/elemental/

 もはやそれしか考えられないほど、最後は線香花火である。線香花火の終盤に、こよりの先でふるふると震えながら、それでもなんとか落ちまいとしがみつく玉を見てわきあがる「こいつを守ってやりたい」という強烈な気持ち。「楽しかったよ」なんてことばは聞きたくない。ただ、ずっといっしょにいてほしい。最後の力で弱く輝く玉を悲痛な思いで見つめながら、思わず、私は声をあげている。

「好きだったんだ、おまえのことが、ずっと…!」

 だが、玉は最期に微笑むように明るさを増し、そして、無情にも地面に落ちる。襲いくる絶望感。目に涙を浮かべ、救いを求めるように周囲をみわたすが、ともに花火をしていた友人たちはただ目をそらしてしまう。ああ、我は孤独なり。その理由もわかってる。

Ψ

 そういうわけで、やはり最後は線香花火がよい。前述のごとく、夏の終わりにふさわしい盛り上がりを演出できるのが、線香花火なのである。もし、これが線香花火ではなく一字違いで健康花火だったりしたらどうか。健康花火がどんな花火か知らないが、静かに余韻にひたれるような花火でないことは確かだ。きっと、花火に火をつけると、どこからともなくハイテンションな音楽が流れてくるのだろう。

  すこやか〜♪
  みんな仲良し さあ、輪になって花火だニャン
  アッ でもお前、変なニオイするからあっち行って
  ウソウソ ごめん☆ ホラ いっしょに踊ろ?
  えっ、誰と話してるかって? これ、全部、腹話術だよ
  アハハハ、青春、勇み足〜♪

 音楽は花火が消えるまで鳴り止まず、ただはやく終わってくれることを祈るばかり。こんな花火では、余韻もへったくれもあろうはずがない。

 しかしながら、静かならそれでよいわけではない。たとえば、最後が線香花火ではなく、線香だったらどうか。華やかな花火は終わり、静かに線香に火をともし、さて、どうしたらいいのか。やはり、静かに合掌して祈るのか。確かにしみじみとした気持ちにはなるかもしれないが、どうも腑に落ちない感じだ。花火全体が何かの儀式のような雰囲気になってしまう。いったい私は花火で誰を呪おうとしているのか。

Ψ

 そういうわけで、やはり最後は線香花火がよい。線香花火はにぎやかすぎず、おとなしすぎず、「ちょうどよい」のである。この最高のムードメーカーがあれば、どんなロマンチックなシチュエーションも思いのままだ。たとえば、夜の公園で恋人とふたりきりの花火。浴衣を着た君が最後に残った線香花火をつける。こよりの先で不安定にふるえる玉を見つめながら、そっと君がささやく。

「ね、むかし少女マンガで読んだセリフ――いってもいい?」
「え?」
「主人公の女の子がね、こういうの――。『どうか、線香花火のしずくが落ちないくらいに、やさしいキスをしてください』って」
「……」

 そして、重なりあう唇。玉はかすかなふるえを感じて地面に落ちるが、目を閉じた二人はそれに気がつかない。ただ、静寂が二人を包む。

 そんな二人を横目で見て、「やっとるのお」とつぶやきながら、ゴミ箱あさりを再開する私。