暑い。昼過ぎに暑さで目を覚ますと背中や脇の下がぐっしょりと濡れていて、Tシャツが肌に張り付いている。寝ている間にビーバーの親子がやって来て、俺の背中やわきの下を舐めまわして帰って行ったのに違いあるまい。確かに俺の背中・脇の下からは、ビーバーにとって有効な栄養成分を含んだ汁が出まくってるからな。そんなことをぶつぶつとつぶやきながら洗面台に立ち雑に顔を洗う。タオルで顔を拭く。歯ブラシを口に突っ込み部屋に戻りテレビのスイッチを入れると、マイクを持った水着の女が海を背にモニターに映し出される。江ノ島。 そういえば去年の今頃の時期に、江ノ島に行ったなあと思い出す。海の家でかき氷を食ったり江ノ島水族館でイルカショーをみたりしてけっこう楽しかった。
思えば今年はそういう夏らしいことをまだ何もしてない。海にも行ってないし、プールにも、祭りにも行ってない。花火も見てない。唯一夏らしい出来事があったとすれば、先週の夜近所の公園でクワガタらしきものを捕まえたことくらいか。でもそれも結局、家に持ち帰って明るいところでよく見てみたら、全然クワガタなんかじゃない何か別の生き物だった。(俺はその生き物に”シンイチロー”という名を付けとても可愛がったが、次の日の朝には死んでいた。)今年の夏はほんとにそれくらいしかなかった。
別に海やプールや祭りに行ったり、クワガタを捕まえたりすることだけが夏の楽しみではないだろうけど、このまま夏を終えるのはやはり少し寂しい気もする。そんなことを思いながら、テレビを消し、服を着替える。財布、携帯、煙草、ライター、iPodshuffleをズボンのポケットに突っ込んで、帽子を被る。鞄を肩にかける。忘れ物はないか、ぐるりと部屋を見回して確認してから、部屋を出て玄関のドアを開ける、と、正面の壁にアブラゼミ。
アパートの外壁にはりついたアブラゼミが、ジージーやかましく鳴いている。この前捕まえたクワガタは偽者だったけど、今度のセミは本物だ。俺はそのアブラゼミを捕まえてやろうと思い、息を殺し、セミの背後に忍び寄る。捕まえたところで、何の得にもならないが、夏らしい出来事が何もなかったこの夏最後の思い出づくりのために。慎重に、慎重にセミに近付いていき、一旦動きを止め、様子を覗う。額に汗が浮かぶ。大丈夫、セミは俺の存在に気付いていない。今だ!素早く手を伸ばす。
「捕まえた。」小さく声に出し、手の平の中に捕らえた獲物を改めて見てみる、と……セミじゃない。これはなんだ。これは…何かの部品だ。ゴム製の、用途不明の部品。